Vermilion::text 30階 5号室「無の商店」(β)

その階には他の階には見られない「商店」がある。商店というよりは「何でも屋」の体であるその店には米一粒からよくわからない物体-船のようなモノまでいろいろそろっていた。

その日その店に初めてやってくる客がいた。名を亜里沙。ここ-Vermilionに来て一週間。部屋に篭って一心不乱に絵を描いていた訳だが流石に絵の具も食料も尽きそうになった。このままじゃ絵も描けないどころか自分が飢え死にしてしまう。仕方が無いので昨日回廊で洗濯物を干していた隣の主婦を捕まえてどこか物売っている店は無いかと質問攻めにした。何でも5階上に店があるという。何処で足止めを食らうかわからない。とりあえず2日間うろうろしても大丈夫な装備をして5階上の店を目指した。

30階の一角にあるその店の前に亜里沙は立った。途中どうにか足止めを食らわず-それでも半日かかったがどうにかここに着いた。扉の奥から物音一つしない。恐ろしいほど静まり返っていた。もしかしてもう閉店・・・?とりあえず扉をノックする。何の反応も無い。ドアノブに手をかける。鍵が開いているようだ。「おじゃまします・・・」扉を開けるとうずたかく積まれたダンボールや物がぎっしり入っている棚が視界に飛び込んできた。「誰かいませんかー」迷路のような棚の隙間を突き進む。棚の角を曲がるといきなり目の前に男性が視界に入った。「あの、ここでいろんな物が売っているって聞いたんですが。」男性は棚に皿を並べながら新規のお客さんか、と言った。「店主は奥にいるよ。行っても無駄だけど。」言われたとおりに奥へ奥へと突き進む。棚の迷路が途切れたところに大きなカウンターと一人の初老の男性がいた。座って読書に没頭している。「あの、ここでいろんな物が売っていると聞いたのですが。」目線を本から亜里沙に向けるとまた本の虫に戻った。無愛想な人、そう思った亜里沙は仕方なく後ろの棚を物色し始めた。七色に光る石、木っ端、異国の地図・・・どれも今の亜里沙には不要な物だらけである。まいったなぁ・・・せっかくここまで来たのに。再びカウンターの方へ振り返ると自分と同じくらいの年の女性が立っていた。「何かお探しですか?」とりあえず今自分に必要な物-絵の具と食料を欲している旨を伝えた。それなら、と3つ先の棚まで案内された。「貴方の欲している物ならここに揃ってます。」そこには無くなり掛けの空色の絵の具やさっき飲みたいと思っていたAleが並んでいた。一揃い欲しい物を手にすると再びカウンターに向かった。先程の女性は後からついてきた。「んじゃ、これ下さい。」店主と思しき初老の男性は本から目を離さない。袋だけ亜里沙の前に差し出した。「大丈夫よ、そのまま持っていって」先程の女性は軽く言った。「ここにあるもの、自分の棚にあるものは問題無しよ」そう言うとさっき亜里沙が案内された棚を指した。「あれは貴方の棚。貴方が欲しい物はあそこに並ぶわ。」「御代は本当に良いのですか?」店主らしい男性に差し出された袋に物を詰めながら亜里沙は店主らしい人とその女性に問うた。「まぁ私がもらうわけじゃないからねぇ。私はただの客だし。」ただの客、という女性はまたね、というと手を振りながら去っていった。じゃぁどうすれば?疑問の二文字が頭の上でぐるぐる回る。ようやく店主らしい男性が口を開いた。「ここから-Vermilionから出ない事と引き換えだ。」
どうやら気づかないうちに自ら退路を断ってしまったらしい。