Vermilion::text 60F 「籠の中の鳥」

気がつけばもうかれこれ10年以上ここにいることになるのか。Vermilionの60階にある(よくわからないが、そう聞いた事がある)とある寄宿学校。エリカ・ノーツは器楽を専攻している。ここに来る前からヴァイオリンを弾かされ続けていた。母親の言いつけである。別に好きなわけじゃない。器楽のクラスは他のクラスよりも殺伐としている、そう感じていた。他よりも上手く、他よりも感情豊かに、他よりも・・・競争ばかりである。器楽のクラスは朝から晩まで、音楽しかない生活を送っている。幼稚園からここにいるエリカにとってその世界は幼い時にいた家と人、この学校が全てである。
本当は絵を描きたいと思っていた。あの大空を、あの美しい花を、1枚の画面の中に自分なりの表現でおさめてみたかった。1回だけ、中学から高校へあがる時に絵画クラスへ転科申請をした事があった。ずっと寄宿舎で親に内緒で描きためたデッサンと一緒に。絵画クラスの先生は非常に興味を持ってくれて転科に関して好意的に受けてくれた。自分の意志ではじめて動いた。自分のために。夢であふれていた。2日後、ものすごい剣幕でやってきた母親に平手で頬を叩かれ尽きない小言を吐いていった。重要な事は親に連絡が行くというのエリカは知らなかった。お前の為になるのだ、お前にとって一番の選択なのだ。聞き飽きた小言を浴びながらエリカは悔し涙を流した。怒り狂う母の後ろで申し訳なさそうに父親が立っていた。婿養子なので妻には頭が上がらないのだ。

絵画クラスのお子様達は遠足らしいわよ」エリカが部屋に戻るとルームメイトのメル・クランシーが話し掛けてきた。「50階にあるっていうテラスに写生にいくらしいわ。あー、私も行きたい!」大きくのびをするとそのまま背からベッドに倒れこんだ。「あんたの気持ちもわかるのよねぇ。親のレールの上を進みたくないってのは。」「そうね」エリカは楽譜の束とヴァイオリンのケースを机に置くと窓の外を見た。「私にとって表現方法が音楽は最適でなかったのよ。親はそれをわかってないのよ。自分の我侭のために娘を使ってるだけ。」エリカの母親はヴァオリニストになり損ねた。娘を使って自分の夢を叶えようとしているのだ。父親はそれを良しとは思わないが如何せん立場が弱いので言い出せないだけである。「半月後の大学進学試験、私また絵画専攻で出す。今度は親の言いなりにならない。もう折れない。」