Vermilion::text 108F 富豪の屋敷「死神」

この娘を殺める事は仕事なのかもしれない。しかし。───────

私の仕事は死と引き換えに依頼主の望みを叶える事である。皆は死神と言う。漆黒の衣を纏い鈍く光る銀の鎌を持つ。過去、数多の欲望を叶えその代償の魂を狩ってきた。狩られた魂は深く闇の底へ落ちると言う。欲の代償として永遠の闇の中で孤独を。金、権力、過去の帳消し・・・人は皆強欲である。私を召喚したければちょっとした準備と心に付け入る隙さえあればよい。薔薇の花園に在るかも知れない青い薔薇と銀のナイフ。なんてことは無い。欲望にかられた者ならそのくらい容易いであろう。
その夜は見事な満月であった。漆黒の闇に誘われて召喚する者が一人。誘われるままにその者の元へ。主は朱色の塔の中の屋敷の一室で静かに待っていた。ふわりと舞いそうなブロンドの髪、陶器のようにやわらかい肌、ガラス玉のようなつぶらな瞳。外見は16・7かと思われる少女であった。闇夜にすっと融けてしまいそうな儚さを漂わせ白い質素なドレスを着た少女はふと顔をあげると覚悟の表情を見せた。
「今宵召喚したのは貴女ですか。」死神という者、多少は礼儀を知らないといけない。傍若無人な態度では主を怒らせ契約を破棄されてしまう。「召喚したということはこの後に起こる事も全て覚悟の上、それでよろしいか。」少女の前に契約書をすっと差し出した。それにサインをして血判を押す。それで契約は成立である。「本当に、望むままに叶えてくださるのですか。」少女はさらさらとペンで署名をしながら問うた。「あなたが望むままに。」相手も既に知っているであろう決まりきった回答とはいえ答えなくてはいけない。書き終りペンを置くと少女は銀のナイフを持って私をじっと見た。「いま、ここで血判を押せば成立ですね。」闇夜に鈍く光るナイフ。すっと押し当てると陶器のような指から鮮血が滲み出た。その指を署名に被さる様に押す。そして契約書を私の前に差し出した。「これで成立ですね。では私の望みを叶えてください。」契約書を受け取った。署名に目をやる。Maria・・・後はちょっと読み取れない。「さて、その望みを今ここに。貴女は何を望む。」「私を殺めてください。」
ちょっと待ってくれ。確かに最終的に殺めるのが契約であるが突然そういわれても。そんなことをいってくる主はこの少女が初めてだ。「・・・すみません。単刀直入すぎました。正確に言うと先立った彼の元に逝かせて下さい、ということです。」何でも彼女はある思い人がいた。過去形なのは彼が半年前に不慮の事故で亡くなったと言うこと。不自然な死を見て彼女は父親の策略だと涙を流し呟いた。屋敷に出入りする彼に一目恋をし彼に会う事で何の楽しみも無い生活が明るくなったと言う。父親はこの事を良く思っていなかったと言う。あの日あの場所に彼が来るのを知っていたのはわたしの周りの者だけだった。それにあの場に落ちていた証は・・・、と彼女は憂いの表情でうつむいた。彼の死以降父親から屋敷から出る事を許されず半年。「待っても来ないのはわかりきっています。だから。」再びあげたその顔は決意をした風な、強い意志を映していた。鎌を持つ手が震える。この娘を殺める事は仕事なのかもしれない。しかし。彼女の望みを叶える事が出来ない事実が目の前でちらつく。

半年前、この屋敷に来た事がある。召喚主は恰幅の良い、しかし貪欲そうな中年の男性であった。「さて、その望みを今ここに。貴方は何を望む。」「娘の周りをうろちょろしている男を殺って欲しい。出来れば私が行くと言う闇の底へ送ってくれ。二度と会えない様に。私はあの子を何処へもやりたくないのだ。私だけのものだ。」